子供の幸せを願って

~未熟児で産まれ、知的障害・言語発達遅延を患った息子の成長において私ができること~

軽度知的障害および発達グレーゾーンの苦しみ~周囲が表面で判断するのではなく、その真意を想像し探ることが大切~

本日、「あらすじ」の続きを書こうと思っていたのですが、気になるツイッター投稿があり、今回は私の過去を含めた思いを書かせていただきます。

 

 

 

我が息子は未熟児で産まれ、首座り、お座り、はいはい、歩行など、全ての発達がゆっくりでした。

 

それでも、「みんなよりも小さく産まれたし、体重は順調に大きくなっているから大丈夫。」と自分に言い聞かせていました。

 

 

でも、なかなか言葉が出てこない・・・

 

2歳になっても、3歳になっても、4歳になっても、何を言っているのか全く分からないのです。

 

さらに、落ち着きのない息子は外でご飯を食べている時は、基本降りようとしたり、椅子の上でピョンピョンとジャンプをしたり、静かに座ってくれるのは数秒だけ。

 

電車に乗っても走り回ろうとしたり、泣きわめいたり、全くじっと静かに座ってくれない・・・

 

それは機嫌によって左右されるものではなく、基本いつも静かに座ってくれることはありませんでした。

 

周りの子はお母さんやお父さんの隣で静かに座っているのに・・・

 

しかも、息子よりも小さな子がしっかり座っているのに・・・

 

 

スーパーへ行っても一緒になんかついてきてくれません。少しでも目を離そうものなら、一瞬でどこかに走っていってしまう息子。

 

だから、息子は常にショッピングカートの椅子の中。泣いても暴れても椅子の中です。抱っこももちろんするけれど、のけぞる息子を抱えたままの買い物は至難の業です。

 

 

おもちゃは与えても本来の遊び方はせずに、いつも投げるだけ・・・

 

何回も何回も「こうやるんだよ。」と教えても、とにかく投げていました。

 

お友達と一緒に遊ぶこともなく、いつも1人でゆびしゃぶりをしながら物を投げる息子。

 

 

子育てサークルでは何も課題をせずに走り回り、そして、お膝に座らせましょうと注意を受ける私。

 

 

人見知り・場所見知りも激しく、どこか新しいところに連れて行こうものなら、泣いて私から離れない。

 

お友達と遊ぼうと集合して子供たちが一緒に遊んでいる中、ずっと私の足にしがみついている息子・・・

 

当時は旦那さんのご両親にも全くなつくこともなく、帰省するのも疲れ切っていました。それでも、温かく迎えて下さったお義母さんお義父さんありがとうございますm(_ _)m

 

もっと、いろんなところへ行って楽しませてあげたいのに・・・

 

そして、息子から出る言葉は「〇✖▽凸☆凹△」・・・

 

人間の子供というよりも、動物みたいな感じでした。

 

 

 

私のお腹の中で成長が止まり、未熟児の息子を産んだあの日から、もちろん障害が出てくるかもしれないという覚悟はしていました。

 

それでも、現実は厳しかった。あの時の覚悟はその当時の私にとって何の役にも立ちませんでした。

 

そして、息子が2歳の時には娘が産まれ、毎日の大変さと多忙に拍車がかかる・・・

 

「赤ちゃんが二人いる。。。」

 

まだ、本当の赤ちゃんが二人の方が楽だったかもしれません。

 

でも、目の前にいるのは体の大きくなった幼児。このギャップが私を苦しめました。

 

もし息子が普通に産まれていたら、妹だけの生活だったら・・・どれだけ、楽しく笑顔いっぱいの毎日を送れるのだろう。。。

 

当時の息子の存在を否定してしまう程の、そんな悲しい感情さえ沸き起こってきました。

 

それでも、NICUで頑張る息子を見て感じたあの時の「何があってもこの子を守り抜く」という決意が揺らぐことはありませんでした。

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世の中、もっと大変な人がいる・・・しかも、私の身近なところにも、そんな存在がいるはずなのに、それでもなかなか気持ちが前を向いていかない。

 

もう、息子のことで頭がいっぱいで、表面的には前向きを装っていても、心の奥底は真っ暗でいつももがき苦しんでいました。

 

 

そんな時に限って何度も見た夢・・・それは、息子がしゃべっている夢。

 

夢の中で大喜びの私は、毎回その夢が覚めると現実を突きつけられるのでした。

 

 

「いつになったら、しゃべってくれるの?」「いつになったら、座ってくれるの?」「いつになったら、みんなと同じような遊びができるの?」

 

先の見えない不安と、日々の大きなストレスから、何度怒鳴って手を上げてしまったことでしょうか・・・

 

「きちんと座って!」「きちんとご飯を食べて!」「きちんとついてきて!」「これは、きちんとこうするんだよ!」・・・きちんと、きちんと、きちんと。。。

 

当時の息子にとっては、この「きちんと」が理解できていないのに、私は自分の感情が抑えられなくなっていました。息子は何も悪くないのに・・・

 

今思うと、軽度知的障害であれば・・・発達もグレーゾーンであれば・・・、頑張れば普通になれるのではないか?という焦りが、自分を追いつめていたのだと思います。

 

教育虐待について考える その③~教育の根源、そして虐待との境目とは?~ 」の記事でも書かせていただきましたが、教育と虐待の境目は子供に愛情が伝わっているかどうかだと思っています。

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そのため、当時の理解力の乏しい息子にとって私のイライラは虐待にあたっていたかもしれません。

 

だからこそ、今の虐待の基準がすごく気になってしまいます。もちろん、報道に出てきているようなことは、どんな感情であっても絶対にしてはいけないことですが、そんな親御さんたちにすら、他人には分からない何かを抱えているのではないか?とさえ思ってしまうのです。

 

  

全てが綺麗ごとに聞こえてしまうかもしれませんが、どうか子供たちに厳しくなってしまっているお母さんお父さんがいたら、その子供をかわいそうと思う前に、親御さんの苦労や悩み苦しみを想像してあげてほしいなと思います。

 

もし、身近にそんな存在の人がいれば、まずはその親の苦しみを理解してあげてほしいと思っています。簡単には解決方法を見つけることはできないけれど、その気持ちを理解してもらえるだけで、救われる部分も多々あると思います。

 

 

結局私の大きなストレスと不安が軽減されていったのは、息子が年長の終わり頃から・・・そう、息子のおしゃべりが少し相手に伝わるようになってきてからです。

 

もし、あのままの状況が続いていたら、私はどうなっていたのでしょうか。

 

だからこそ、今現在、発達に悩んでいる方に対して「大丈夫だよ」という言葉をかけることはできません。その子の発達がどういう成長を見せるのかなんて誰にも分からないからです。

 

でも、その苦しみを少しは理解することはできます。

 

お子様が軽度知的障害で発達がグレーゾーンならではの大きな苦しみ。

 

見た目では分からない障害。一見普通だからこそ、大きな支援や保障もなく、自力で生きていかなければいけないプレッシャー。

 

ひとつのことを教えるのに、何倍も何十倍も何百倍もかかる労力。

 

正直、私は息子が通常級に通えるようになった今もその苦悩と戦っている真っ最中です。

 

 

 

また、これは障害があるないに関わらず、子育てというものは苦労がつきものであるということ。

 

もっと大変な人たちもいるかもしれないけれど、その基準は人それぞれ。

 

子供たちの発達もそれぞれであるように、私たち大人もそれぞれでいいと思います。

 

理想の父母でいたいけど、理想通りにならない現実。

 

その時その時の浮き沈みはあるかもしれませんが、その苦しみや悩みは子供を想ってのことだと思います。

 

子供に愛情があるからこそ、そんな苦悩が生まれてくる。

 

そんな愛情深いお母さんお父さんたちはとても素敵だな、と思っています。

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